「日時計の丘」 小さなギャラリー、小さなホール、小さな図書館
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− 更新記録 −
2018/04/02 桜が咲き、また散っていく。
その下を、新しい学期が始まる児童生徒が歩いていく。若者は新しい自転車で行き過ぎる。幼稚園のこどもを連れた母親が自分も着飾って歩く姿はどこか華やかだ。

今季は、朗読・音樂・舞踏を様々なアレンジで演出したいと考えている。様々な国で求めてきた民族音楽のCDや情報をどうにかここでそれなりに研究し解釈して表現し、公開していきたい。それには、多くの演奏者や舞踏家の助けを借りなければならない。
音樂や舞踏はそれぞれが異なっていても、どこか人間存在の深みに響く何かを内在させている。そこを発見して行きたい。

*まず、今月から西洋音楽に強い影響をもった「ジプシー音樂」を採り上げたい。
*読書会(参加自由)、隔週木曜日、午後2時から
先月『更級日記』を読み終えたので、4月からは『土佐日記』が始まる。『小倉百人一首』は継続。
それに、随時、現代文学もやりたい。
2018/03/05 もう三月、弥生である。梅が咲き散っていき、次に来る桜が待たれる季節だ。三月は、卒業式、送別会など別れの季節である。それに世間では「決算」の時期でもある。三月は何かがすべて終わる季節なのだ。明治以来日本では、特に学校関係は、小学校から大学まで、三月卒業四月入学が定着している。何故そうなったのか、おそらく季節に関係していたのだと思う。最近、特に大学関係では、外国では9−10月が学期開始だから、それに合わせようという意見が強くでてきている。そうなると、日本の伝統的な「春夏秋冬」という季節の流れが途切れ、自然と人事の関係があやふやなものになってしまう。そういう考え方が出てくること自体、日本がどこかおかしくなってきた証拠でもあるように思われて仕方がない。
*「春なのに、お別れですか、涙がこぼれます」という催しを企画している。
*「日時計の丘」では、微力ではあっても日本の古代から引き継がれてきた、季節に関わる伝統を維持していきたいと考えている。
*芸術、絵画・音樂・文学などに関しても「アート」などという、わけの分からない言葉は使わないようにしたいと思っている。
2018/02/05 昨日立春だった。全国的に寒波に見舞われた立春だったようだ。節分には豆撒きをした。春が待たれる。
今年は色々な新しい企画を考えていきたい。特に地元の生活者の意見を広く聞く機会を作っていきたい。
現在多方面で転換期を迎えているからである。しかもその変化の意味を我々は自覚的に認識していない。その具体的な方策を現実化していきたい。
*現代の日本語の乱れを考える研究会や時にはシンポジウムのようなものを開催する。それは英語問題、特に英語と母国語である日本語とをどのように調和させていくかかという問題を含み、古代において中国語(漢語)をどのように日本語のなかに組みれていくか、しかもそれらを同化させるのではなく、古語である和語をいかに保存するか、と言うことに力を注いできたかに注目すべきである。現代の日本語を考えるとき、古代に出遭った問題と類似した意味合いを含んでいると思われる故に、古代日本人が「和語=やまとことば」をいかに大切にし保存しようとしたか、を、現在こそ深く考えるべき時期だと自覚すべきだと考えられるからである。
*芸術の分野でも同じようなことが言える。芸術(絵画・音樂・文学等)の専門家の話を聞く機会を設けたい。皆様の参加を期待している。
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