日時計の丘

小さなギャラリー、小さなホール、小さな図書館


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主人のいなくなった庭(南ドイツ)451 閲覧家屋も庭もそこに住む人の生活や心情が漂う。この庭は以前は、様々な果樹、林檎、桜桃、洋梨、葡萄、杏子などが植えられ、季節の野菜も豊富だった。婦人が亡くなり、その後を追うように主人もこの庭から去って行ってしまった。
現在は周りの生け垣と大きな胡桃の木だけが残り、あとは芝生だけの庭になってしまった。胡桃の木の根本にひっそりと置かれた白いベンチだけが主人の形見のように寂しげだ。婦人が手入れしていた花もなくなり、広い庭の東の隅に、紅バラがその面影を残すかのように咲いていた。主人のいなくなった淋しい庭にも、胡桃の木だけがさらに大きく夏の影を落とすのだろう。
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ニーチェの生家(レッケン、中部ドイツザクセン州)614 閲覧ニーチェの書物は東独時代禁書扱いされ、ニーチェ関係の建物はほとんど廃墟になっていた。生家であるこの牧師館も、以前私が尋ねた時はまだ部屋が砂でおうわれており、誰も住んでおらず、子供たちが遊んでいた。今はきれいに修復され隣にニーチェ記念館が併設されている。レッケンの村の真ん中にあリ、子供の頃ニーチェが好んで遊んだ、葦が生えかたつむりを探した近くの沼も当時の面影は全くなくなってしまった。
ただ、教会の横にある墓碑は昔のままで、赤みがかった黒の大理石で、茂みの影に横たわっている。きれいに磨かれた墓石の上に、白バラが一輪そっと置かれていた。ニーチェは1900年ワイマールの妹の家で亡くなっている。生まれた村レッケンに帰ってきて埋葬されたのだ。
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エストニアの海岸476 閲覧夏の海なのになぜこんなに淋しいのだろう。
泳いでいる人もいないし、海岸の小屋にも人気は全くない。ボートも船も浮かんでいないし、波の音も聞こえない。打ち寄せる浪がない静かな海なのだ。午前中だからだろうか。光はあるがどこなく薄い感じだ。そういえば、水平線の向こうに見える陸地らしきところはもうフィンランドだ。私は、この人影のいない静かな海辺に立って、自分の孤独に襲われながらひとり長いことずっとこの淋しい海を眺めていた。やはり遠くまでやって来たのだ。
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谷の村(ジュラ山脈)380 閲覧ジュラ山脈はフランスとスイスの国境に横たわっている。
その中央にサン・クロードという小さな町がある。駅前から深い谷が始まる。近くの橋からの街の眺めは特殊に美しい。ジュラ山脈ならではの風景が広がる。その街からジュラ山脈を超えるとスイスのジュネーブへの道が続く。
この写真はその近くの村だが、このような地形が続くが、よくがけ崩れがしないものだと思う。見ていると今にも崖が崩れてきそうなのだ。地形にその秘密があるのだろうが、村民は何の危惧もなく長閑に暮らしている。ヨーロッパの隠れた美しい僻地だと思う。
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羊の草を摘む修道僧(ルーマニア)537 閲覧ルーマニアという国の地方色は歴史も自然も多様だ。面積も結構広い。北部はウクライナに接し、南は黒海に面しているブッコヴィナ地方は民族も宗教も多様だ。ルーマニア人、ウクライナ人のほかドイツ人、ユダヤ人も多い特殊な地方である。宗教は東方正教会とカトリック教会が主流だが、様々な宗教が併存している。
年取ったカトリックの僧侶が建物の前の庭に生えている草を摘んで、その草を一匹の羊に与えていた。のどかなな温かい風景だった。私はしばらくそこに立ち止まり、現代でもこのような閑居な生活があることを感じながらその光景をずっと眺めていた。
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アルルの跳ね橋432 閲覧ゴッホの描いた「アルルの跳ね橋」が新しく架け替えられて久しく、その雰囲気は全く変わってしまっている。橋をわたる馬車は既になく、跳ね橋はもう使われていない。選択女たちの賑わいも聞こえそうにない。ただその向こうに見える、赤い屋根の白い家と繁った樹木だけが、プロヴァンス地方の面影を残しており、夏の青い澄んだ空と麦畑に注ぐ光だけが、今もアルル郊外の思い出を再現してくれている。そこから田園地帯に目を戻すと、ここアルルにはゴッホがよく描いた南仏の夏の光がまだ残っていた。その光を感じていると、我々は、ゴッホの絵を通して、プロヴァンスの風景を見ているように思えてくる。
   
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