日時計の丘

小さなギャラリー、小さなホール、小さな図書館

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17 ファイル - 最終追加日: 2018年 03月 25日
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施設案内日時計の丘の施設案内です。
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外観


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3 ファイル - 最終追加日: 2014年 08月 16日
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ホール/図書館


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4 ファイル - 最終追加日: 2015年 07月 28日
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貸出楽器


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4 ファイル - 最終追加日: 2015年 07月 21日
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収蔵作品
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八木麟太郎



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その他



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ランダムファイル
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イタリアン・ヴァージナル(松尾楽器制作)357 閲覧チェンバロとも異なった、独特の音を出してくれる。演奏者の出したい音が出てくる。慣れることが慣用。
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ブリュートナー(ライプチッヒ、1910年製)499 閲覧現代音楽まで網羅することは出来ないが、慣れてくると現今の楽器では決して出ない独特の美しい響があり、虜になる。録音して聞いてみると、音質の違いがさらにはっきりと分かる。またこの楽器の音はこのホールでしか出ない音であることも分かってくる。
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ひなげしの咲く庭先(南ドイツ、シュワーベン地方)374 閲覧この近くに、友人や知人が住んでいるので、この家の前の通りはよく歩いた。以前この家は崩れかかった空き家で、人が住んている気配はなかった。このところ家主が変わったのか、屋根や壁は新しくなり、庭も自然を残しながら整理されていた。今年の六月にその前を通ったら、ひなげしの花が赤く咲き乱れていた。この頃は、南ドイツやフランスは麦が黄色に色づく麦秋の季節で、その麦の間に自然に生えた赤いひなげしの花がよく咲く。なんとも美しい農村風景だ。
そのひなげしをそのまま庭先に植えておくのは珍しい。家の前には白バラが咲き、そのコントラストには絶妙な美しさがあった。あまり広くはないが、この庭の風情を見ていると、自ずとそこからこの家の主人の感性、さらに生き方のようなものが伝わってくる。人の姿は見えず、その気配も感じなかった。こんな庭の奥にどんな人が住んでいるのだろうか、と覗きたくなる。
友人も知人も、そこに住んでいる人のことは全く知らない、と言っていた。リルケ、さらにツェランに傚って、「誰のものでもない庭」とでも言いたくなってくる、

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440 閲覧書庫 、手前が閲覧室
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閲覧室(読書会・討論会なども開催)473 閲覧
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ドナウの岸辺(リンツ、オーストリア)390 閲覧 リンツはオ−ストリアでは、ウィーン、グラーツに次ぐ第三の大きな都市であリ、どちらかと言うと工業の盛んな町でもあるが、他方大戦から免れたところも多く、古い町並みも残っており、ドナウ川は古来交通の主な手段であったが、船の発着する港なども昔からの自然で素朴な風情を残している感じがする。修道院や教会もよく残されている。オーストリアで最も古い聖マルティン教会もリンツにある。
ドナウの北岸に連なる丘陵地帯を越えていけばそこはもうチェコでその先はプラハだし、上流はドイツ、バイエルン地方に接し、下流は少し下るとすぐにウィーンである。いずれにしてもリンツは交通の中継地なのだ。このような何の変哲もないドナウの岸辺はリンツの街の素朴な一面を見せていて、私には興味深い。
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378 閲覧
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塩の街ーシュヴェービッシェ・ハル(西南ドイツ)416 閲覧ヨーロッパでは、普通塩は岩塩である。この町の近くで岩塩が採れ、そこを流れるコッハー川を船で各地に運んだ、その中継地がこの街である。川の両岸に並ぶ木組みの家とコッハー川が作る中洲とを結ぶ橋は様々なもので、北側の大橋から見た街の景観は、戦災に合わなかったこともあって、中世以来の風情を残し美しい。
この街は古い教会のテラスで、地方色豊かな演劇が上演されることでもよく知られている。また、教会を改造した美術館には、ホルバインを初め、古来の名画が収集され、また古い地方の宗教画が並べられている。現今は、篤志家の援助もあって、坂の中腹に大きな新しい美術館が建設され、特殊な企画展の時など世界から人が集まってくる。
一度行ったら、また来たくなる不思議な魅力ある街だ。

新着写真
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藤田チャペル(フランス、シャンパーニュ地方)153 閲覧 晩年に画家藤田嗣治は、有名な大聖堂のある、フランス−シャンパーニュ地方のランスという都市の郊外に、自ら設計し、フレスコ画で天井画、壁画などを描き、ステンドグラスまで全て自分で制作したチャペル(ノートル=ダム・ド・ラ・ペ)を建てた。その後すぐ病魔に倒れスイスのチューリヒで亡くなった。現在はレオナール・フジタとして夫人とともにそのチャペルの中で、静かに眠っている。戦後、戦争画を描いたという理由で日本画壇から閉め出されパリに戻ったが、望郷の念にかられながらも、それ以来一度も日本の土を踏むことのなかった藤田の無念の思いを秘めた生涯を知る人には、彼の執念とその裏側を流れる悲しみを感じさせる場所である。パリからそう遠くない、是非一度訪れてほしい処だ。2018年 03月 25日
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掃除する婦人(シュトットガルト、南ドイツ)348 閲覧今日ここで。
シュワーベン地方の首都シュトットガルトの美術館での出来事。部屋の隅で南ドイツの典型的な婦人が前向きに座り床掃除をしていた。しかしいくら見ても動かない。隣の部屋でパウル・クレーの抽象画を観てからも何か気になってここに戻ってきたがそのままだった。作者の名前も題名も書いてないから最初はこれが展示物とは思わなかったのである。これが作品だとわかったあとも忘れがたい奇妙なリアルさだけが残った。何度もこの美術館に足を運んでいるが、いつもその印象は変わらない。「リアル」とは単なる現実ではないのだ。今までに一度も出会ったことのない不思議な体験だった。
2017年 11月 25日
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ロンシャンの礼拝堂(フランス東部)345 閲覧ドイツとスイスに近いフランス東部のロンシャン<Ronchamp>にル・コルビジエが建てた礼拝堂。1955年に完成し、ヴァチカンによって列聖された。しかし、当時から礼拝堂としては建築様式が歴史的に見てあまりにも礼拝堂に相応しくないという議論が続いていた。やっと昨年2016年ユネスコの世界遺産に登録され、その議論をする人は減ったようだ。パリの改造計画などを手掛けた現代建築の巨匠ル・コルビジエの晩年の作品としても名高い。建築史上から見ても異例なものであるが、他にない特異な美しさがある。中に入るとまた異なった感動が待っている。
平地の高台に建てられているため、四方から眺められ、どの方向から見ても全く異なった景観で、類を見ない建築だと思う。外部だけでなく、内部の作りも他の礼拝堂とは全く異なっているが、礼拝堂としての不思議な雰囲気を保っている。11世紀以来の巡礼地としての「地の霊」<genius loci>が働いているようにさえ見える。
どこからも行きにくい場所だが、一度は行っておきたい場所と建物だ。ブサンソン音楽祭に合わせて行くのもいいかもしれない。
2017年 02月 14日
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天空の都市エンナ(シチリア島中央)342 閲覧シチリア島は、自然も歴史も多様である。シチリア島の中央に位置し、「シチリアのヘソ」と呼ばれ、高い丘の上に位置する城塞都市エンナの町の向こうには、これは「天空の城」と呼ばれるに相応しいカラシベッタという奇妙な名前の小さな砦のような町が見える。広々とした風景だった。一方、そのエンナの街の路地裏には、シチリアの過酷な歴史に残されたように、土地に伝わる古い食べ物が店頭に並んでいた。そこに住む人びとの生活の匂いがした。子供も大人も素直な笑顔だった。天空の町の城塞の中にひっそりと横たわる狭い路地裏の趣きは他に例のないもので、忘れがたい印象を残していた。ここにも土地に似合った人間の生活があるのだ、という感じが強くした。
この土地で、人間が生活していく時に必や出合う「広い、狭い」
「高い、低い」「近い、遠い」など様々な遠近感覚の不思議さを感じ
ながらエンナの街を後にした。
2016年 11月 05日
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ひなげしの咲く庭先(南ドイツ、シュワーベン地方)374 閲覧この近くに、友人や知人が住んでいるので、この家の前の通りはよく歩いた。以前この家は崩れかかった空き家で、人が住んている気配はなかった。このところ家主が変わったのか、屋根や壁は新しくなり、庭も自然を残しながら整理されていた。今年の六月にその前を通ったら、ひなげしの花が赤く咲き乱れていた。この頃は、南ドイツやフランスは麦が黄色に色づく麦秋の季節で、その麦の間に自然に生えた赤いひなげしの花がよく咲く。なんとも美しい農村風景だ。
そのひなげしをそのまま庭先に植えておくのは珍しい。家の前には白バラが咲き、そのコントラストには絶妙な美しさがあった。あまり広くはないが、この庭の風情を見ていると、自ずとそこからこの家の主人の感性、さらに生き方のようなものが伝わってくる。人の姿は見えず、その気配も感じなかった。こんな庭の奥にどんな人が住んでいるのだろうか、と覗きたくなる。
友人も知人も、そこに住んでいる人のことは全く知らない、と言っていた。リルケ、さらにツェランに傚って、「誰のものでもない庭」とでも言いたくなってくる、

2016年 08月 23日
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P.ブリューゲルを模写する人(ウィーン美術史美術館で)394 閲覧ウィーンの美術史美術館で、P.ブリューゲルの傑作『牛群れの帰り』を模写している婦人の話を聞き、本物と模写の不思議な関係を
再考した。ここで模写することが許されている人は限られている。依頼されて模写する場合もあるが、自分の好きな作品を模写する事が多いという。
まず驚いたのは、模写にかかる時間の長さだった。本物を描いた時間より、模写する時間のほうが長いことも多いのではないかと言う。私が3時間以上後にまたここに来た時、この婦人は、先ほどと同じ線をまだ書き直していた。オリジナルの力に圧倒されながら、それを模倣することは、とてつもない辛抱強さが要求されるのだ。完成することのない動作を続けなければならないからだ。創作よりも模倣の方が楽だとは、到底言えない、とも思った。婦人はその覚悟を私に語ってくれたような気がする。描いている婦人の横顔は真剣で美しかった。オリジナルの持つ力強さと気品が乗り移っているようでもあった。


2016年 07月 02日
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塩の街ーシュヴェービッシェ・ハル(西南ドイツ)416 閲覧ヨーロッパでは、普通塩は岩塩である。この町の近くで岩塩が採れ、そこを流れるコッハー川を船で各地に運んだ、その中継地がこの街である。川の両岸に並ぶ木組みの家とコッハー川が作る中洲とを結ぶ橋は様々なもので、北側の大橋から見た街の景観は、戦災に合わなかったこともあって、中世以来の風情を残し美しい。
この街は古い教会のテラスで、地方色豊かな演劇が上演されることでもよく知られている。また、教会を改造した美術館には、ホルバインを初め、古来の名画が収集され、また古い地方の宗教画が並べられている。現今は、篤志家の援助もあって、坂の中腹に大きな新しい美術館が建設され、特殊な企画展の時など世界から人が集まってくる。
一度行ったら、また来たくなる不思議な魅力ある街だ。
2016年 04月 13日
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「鳥の歌」のカリヨン(ピレネー山脈の麓)395 閲覧フランコ政権時代、チェロの巨匠パブロカサルスはバルセロナを去りピレネー山脈を超えて小国アンドラの近くの寒村に移り住み、1950年に近くの小都市プラドに、パブロ・カサルスープラド音楽祭を立ち上げた。音楽祭はカニグーの修道院で現在も毎年行われている。カサルスがこの地にやってきた当時、下宿にピアノがなかったため、このホテルで練習させてもらっていた。そのお礼にカタロニア民謡「鳥の歌」のカリヨンを特注してホテルに寄贈した。毎朝9時と夕方の5時に、ホテルの近くを流れる清流の谷に、カリヨンが奏でる「鳥の歌」の悲しげなメロディが響いてくる。それを聞いていると、カサルスの郷土カタロニアへの思いと平和への願いが伝わってくる、と同時に、ホテルの裏を流れる清流とその温泉風景がどこか日本のそれに似ていて、この異郷にあって日本への郷愁を誘い、自然と涙が頬に滲んでくる。2016年 01月 16日